啓明学館高等学校 学校生活

教員紹介

滝澤雄紀

滝澤 雄紀

担当教科:国語

「言葉」が広げる我々の世界


 私たちがそれなりにいい年になった時に(仕事をはじめたり、結婚したり…)高校時代を振り返ってみて、勉強の中でも記憶に残るものはどれぐらいあるでしょうか。多くの教科は悲しいことに私たちの生活の中で用いられることなく、忘れられていくのかもしれません。その中でも、忘れることなく、身体に染み込み、自然と活用され続けていく教科が「国語」です。

 私たち人間は当たり前の毎日を、当たり前のように過ごし、当たり前のように明日を迎えます。でも、そんな当たり前の毎日を作り出しているのはまぎれもなく私たちであり、いかようにも変えてゆけるのも私たちなのです。

 「国語」でみなさんは何を学んでゆくのでしょう。古文?漢文?現代文?

 古今東西、人々が考え、悩み、苦闘してきた中で生み出した文章・知識を私たちは読み、身につけていくのです。先人たちの知恵を。先人たちの経験を。そしてこれらを学ぶことは、新しい世界を広げていくためであり、そのために「国語」は存在し、そして私たちは「国語」を学ばなくてはいけないのでしょう。

 好きな人ができたら、「好きです」と私たちは伝えるはずです。でも、少し考えてみましょう。本当にそれだけで自分の気持ちを全て伝えることができるでしょうか。

 「国語」によって「言葉」を学ぶことで「好きです」が大きく変わります。表現の仕方によって「好きです」が「大好き」に変わったり、「好き」という言葉を用いずに「手をつなぐ」という表現にその気持ちを込める作者もいたりします。

 有名な作家、「夏目漱石」は教師をしていたころ、生徒に「I love you.」の日本語訳を聞かれました。漱石は「月が綺麗ですね、と訳せば日本人には伝わる」と言ったという、逸話が残されています。
 当時の男性は「愛している」とはなかなか言わない風土がありました。その中で漱石は情景を思い浮かべ、「月が綺麗ですね」と言われた女子に対して男性の「好きだ」という気持ちを隠したわけです。

 有名な古典『古今和歌集』では日本三大美人といわれる「小野小町」がこんな歌を残しています。

 “思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを”

 この歌は、「あの人のことを思いながら眠りについたから夢にでてきたのだろうか。夢と知っていたなら目を覚まさなかっただろうものを」という小野小町の「恋」の気持ちを詠んだものです。

 「言葉」を通じて、もっともっと知らないことを学んでみませんか?

掲載日 平成29年2月